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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)179号 判決 2000年11月15日

原告

松下電器産業株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

松尾和子

渡辺光

同弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

被告

特許庁長官【F】

指定代理人

【G】

【H】

【I】

【J】

主文

特許庁が平成10年審判第6355号事件について平成11年4月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年4月23日、名称を「水素吸蔵電極の製造方法」とする発明につき特許出願をしたが(特願昭62-100368号)、平成10年2月13日、拒絶査定がされた。原告は、同年4月28日、これに対する審判を請求し、特許庁は、この請求を平成10年審判第6355号事件として審理した結果、平成11年4月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月19日、原告に送達された。

2  上記特許出願の願書に添付された明細書(平成10年11月17日付け手続補正書(甲第3号証)によって補正された後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲【請求項1】に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

水素吸蔵合金粉末、結着剤およびぺースト粘度調整剤を予め混練してぺーストとし、前記ぺーストをパンチングメタル、エキスパンドメタルや金属ネットなどの金属二次元多孔体に塗着し、乾燥して得た極板の表面に、さらにメッキ法、塗布法、吹きつけ法、蒸着法、またはスパッタ法により前記水素吸蔵合金とは異なる多孔性の導電性層を形成したことを特徴とする水素吸蔵電極の製造方法。

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭62-20244号公報(以下「引用例」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由

審決(甲第1号証)は、引用例(甲第4号証)の特許請求の範囲(1)記載の発明(以下「引用例発明」という。)の認定を誤った(取消事由)結果、本願発明と引用例発明の相違点を看過し、ひいては、本願発明が引用例発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断に至ったものであるから、取り消されるべきである。

審決は、引用例発明には「負極表面だけに『表面が導電性金属によって部分的に被覆され水素を吸蔵・放出する水素吸蔵合金』の『粒子』(以下では、『部分被覆水素吸蔵合金粒子』という。)を設ける場合が包含されていると認められる。」(審決書14頁2行目~6行目)とした上、引用例発明は、「『(ⅰ)水素吸蔵合金と結着剤を含有したぺースト型電極基体の表面に(ⅱ)部分被覆水素吸蔵合金粒子層からなる、水素吸蔵合金とは異なる多孔性の導電性層を形成したことを特徴とする、(ⅲ)ニッケル-水素アルカリ蓄電池の負極』の構成の発明を包含している」(審決書15頁末行~16頁8行目)と認定している。しかしながら、この認定は、水素吸蔵合金粒子を含むニッケル-水素アルカリ蓄電池の製造における技術上の困難性についての誤った認識に導かれたものであり、誤りである。すなわち、引用例記載の、負極表面にのみ部分被覆水素吸蔵合金粒子を配する2層構成の負極は、3次元金属多孔体と焼結法を用いる焼結型の負極としては可能性が考えられたが、この2層構成をぺースト型として実現するには、水素吸蔵合金の膨張、収縮による微粉化に起因する機械的強度の低下という問題を克服することができず、この点で、ぺースト型固有の技術的障害があった。

これに対し、本願発明は、水素吸蔵合金負極の電極表面に導電性金属から成る層を設けることで、電池容量をほとんど犠牲にすることなくこれらの問題点を解決したものである。すなわち、負極表面に導電性金属から成る層を設けることで、電子の通り道を確保して負極の電気抵抗を大幅に減少させ、水素吸蔵合金粒子を導電性金属の層により負極外側から支えることで、負極の機械的強度を増加させ、微粉化した水素吸蔵合金の脱落を防止し、さらに、最も酸素ガスが多く発生する負極表面で酸素ガス吸収のための触媒として働かせることで、電池の信頼性を高めるものである。しかも、負極表面の導電性金属の層は、水素吸蔵合金の膨張によって破れるおそれがなく、多数回の充放電にも耐えるものである。

以下、ぺースト型電極において、表面にのみ部分被覆水素吸蔵合金を配することの技術的障害について具体的に論じる。

1  水素吸蔵合金の有する技術的障害について

水素吸蔵合金は、結着力が弱く微粉化及び脱落が生じやすく、また、水素吸蔵合金粒子間の接触が悪く導電性が低い。そして、水素吸蔵合金が微粉化し脱落すれば、容量が減少するほか、水素吸蔵合金粒子間の隙間も拡大し、さらに、電極強度が低下し、接触抵抗が増加し導電性も低下する。したがって、このような水素吸蔵合金の有する技術的障害について配慮するとともに、導電性金属の展性、延性及び導電性に着目して、導電性金属を電極内部に均一に散在させることにより、その展性、延性によって水素吸蔵合金の結着力を高めて機械的強度を高め、その導電性により水素吸蔵合金粒子間の接触を良くし、容量や導電性の低下を防止することが検討されていたのであり、引用例(甲第4号証)の実施例1においては、金属二次元多孔体を支持体とするぺースト型Ni-H蓄電池の課題を解決するために、部分被覆水素吸蔵合金粒子をぺーストに混合し、負極中に散在させるものである(7頁12行目~10頁10行目)。そうすると、水素吸蔵合金の有する技術的障害に照らし、その粒子を表面に配すると当該課題は解決できず、性能が劣る蓄電池しか製造することができないものであるから、当業者であればこの構成を採用することはない。これに対し、引用例の実施例2においては、金属三次元多孔体を支持体に採用し、焼結処理をすることから、機械的強度は既に十分であり、したがって、部分被覆水素吸蔵合金を負極の表面に配することが可能である(11頁末行~12頁13行目)。

2  負極表面の導電性層について

審決は、本願発明の「多孔性の導電性層」は水素吸蔵合金粒子を含む層である旨認定しているが、この認定は誤りである。他方、引用例発明の製造方法で負極を製造した場合には、そもそも、本願発明のような水素吸蔵合金とは異なる多孔性の導電性層は形成されない。したがって、審決のこの点の判断は誤りである。

また、引用例発明の製造方法で負極を製造した場合には、本願発明のような導電性金属の効果は達成されない。すなわち、部分被覆水素吸蔵合金粒子は、各粒子の表面の金属によりその粒子自体は補強されるが、負極内部の粒子が微粉化するのを防止する機能を果たすものではない。一般に、一体に成形した物はそうでない物に比べはるかに強度があるところ、引用例発明を金属二次元多孔体に採用した場合、両層の接着を強固にする何らかの特別な方法を採用しない限り、両層は極めて弱い接着力しか有しない。したがって、導電性金属を負極内部に散在させた理由及び実際に金属二次元多孔体を支持体とするぺースト型Ni-H蓄電池の表面にのみ部分被覆吸臓合金を配した負極の性能からは、引用例の実施例1及び2を組み合わせ、あえて負極内部に散在させた導電性金属を表面に配する構成を採用するという動機は、当業者には生じ得ない。

3  ペーストの二度塗りについて

ぺースト型電極において二層構造を採用する場合、乾燥工程を経ずに二層目を塗着すると、一層目と二層目が混じり合い、部分被覆水素吸蔵合金粒子層を形成することはできないので、一層目を塗った後、乾燥工程を経なければ、二層目を塗ることはできず、塗布及び乾燥の工程が各二回必要である。そして、ぺースト型水素吸蔵合金負極を製造する際の乾燥工程は、加圧し乾燥するというものであるが、乾燥工程で水素吸蔵合金は収縮することから、もろく微粉化しやすい水素吸蔵合金においては、乾燥工程中に応力が加わることにより微粉化が進む。そうすると、上記の製造方法は、安価にNi-H蓄電池を製造するという作用効果に照らし何ら利点のないものであって、このような蓄電池しか製造することができない発明を当業者が採用することはあり得ない。したがって、引用例において、実施例1及び2を組み合わせることは示唆されておらず、実際上も、その技術的障害があるために、当業者であれば採用しない方法であるから、引用例にこの方法は開示されていないというべきである。

第4被告の反論

1  水素吸蔵合金の有する技術的障害について

原告は、そもそも、水素吸蔵合金は技術的障害を有していると主張するが、引用例(甲第4号証)の「発明が解決しようとする問題点」において、「前記の銅で表面を被覆した合金を負極に用いると、無焼結及び焼結電極いずれにおいても、電極自体の機械的強度と導電性は良くなり、電池性能は向上することが考えられる。」(3頁18行目~4頁2行目)と記載されており、引用例発明は、このような材料を使用した場合における単位重量当たりの容量又は出力の低下という問題点の解決を図ったものであるから、原告が挙げるぺースト型電極の欠点である機械的強度と導電性は、既に引用例の出願時点で解決されている。そして、引用例発明においては、微粉化の防止された部分被覆水素吸蔵合金粒子層が表面にあり、容易に微粉化する非被覆水素吸蔵合金粒子が内部にあるから、微粉化による脱落がある程度防止され、機械的強度が向上していることは明らかである。

2  負極表面の導電性層について

原告は、本願発明の製造方法によって製道された負極は、導電性金属が負極の表面のみを覆い、実質的に内部には浸透せず、導電性層内に水素吸蔵合金粒子は存在せず、本願発明が電極の表面層を形成する際に用いる物質は、ニッケルや銅などであり、そこには水素吸蔵合金を含まないと主張するが、この主張は、本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づくものではなく、失当である。すなわち、特許請求の範囲【請求項1】には、「極板の表面に、さらにメッキ法、塗布法、吹き付け法、蒸着法、またはスパッタ法により前記水素吸蔵合金とは異なる多孔性の導電性層を形成した」(甲第3号証)と記載されているだけで、導電性層を形成するために「ニッケルや銅などの導電性金属」を使用することは記載がなく、「導電性金属内に水素吸蔵合金粒子は存在しない」ことも、「水素吸蔵合金を含まない」ことも記載されていないから、本願発明において、表面の「多孔性導電性層を形成する物質」は、「前記水素吸蔵合金」である内部の「ぺーストとして塗着された水素吸蔵合金」と異なるものであればよいのであり、「ニッケルや銅などの導電性金属」に限定されず、「表面が導電性金属によって部分的に被覆された水素吸蔵合金粒子」を含むものである。

3  ペーストの二度塗りについて

原告は、ぺースト型電極において二層構造を採用する場合における製造上の問題点を挙げ、引用例発明を当業者が採用することはあり得ない旨主張するが、本願発明においても、ぺーストを塗布し、乾燥して得た極板の表面に、塗布法で多孔性の導電性層を形成する場合においては、本件引用例発明と同様に塗布及び乾燥を二回必要とし、また、従来技術においても、ぺーストの二度塗りは必要に応じて行われており、上記問題点はあるとしても、電極の内部と表面とを組成の異なる層とする必要がある場合に適宜採用し得ることは明らかである。また、原告は、表面にのみ部分被覆水素吸蔵合金を配することの技術的障害が存在するとして、甲第12~第14号証を挙げているが、これらの文献には、二層型ぺースト型電極の製造が技術的に不可能であるとの直接的な記載は見当たらない。ペースト型電極に関して導電性金属やアセチレンブラックをぺーストに混合することにより電極の強度や性能を向上させることの記載はあるが、このような手法が一般的に採用されていたというだけのことであって、そのことから直ちに、表面に部分被覆水素吸蔵合金を配することが技術的に不可能であったということはできず、むしろ乙第1、第2号証によれば、二層型ぺースト型電極は技術的に可能であと認められる。

第5当裁判所の判断

1  水素吸蔵合金の有する技術的障害について

水素吸蔵合金が微粉化及び脱落しやすいことは、「水素吸蔵合金電極のサイクル寿命SEM写真」(甲第15号証)から明らかである。すなわち、負極形成直後は、水素吸蔵合金粒子の大きさが10~数十μmであったものが、15サイクル経過後には、各粒子が数μm程度に破砕され、150サイクル経過後には、元の粒子の形状をとどめないまでに破砕が進み、粒子間の隙間もなくなっている。水素吸蔵合金が微粉化し脱落すれば、容量が減少するほか、水素吸蔵合金粒子間の隙間も拡大し、さらに、電極強度が低下し、接触抵抗が増加し導電性も低下することとなるので、かかる水素吸蔵合金の有する技術的障害について配慮するとともに、導電性金属を電極内部に均一に散在させることにより、その展性、延性によって水素吸蔵合金の結着力を高めて機械的強度を高め、その導電性により水素吸蔵合金粒子間の接触を良くし、容量や導電性の低下を防止することが当業者において検討されていたと推認される。引用例(甲第4号証)の実施例1は、その課題を解決すべく、部分被覆水素吸蔵合金粒子をぺーストに混合し、負極中に散在させるものである。また、引用例の実施例2においては、金属三次元多孔体を支持体に採用し、焼結処理をすることから、機械的強度は既に十分であり、金属三次元多孔体が微粉化した水素吸蔵合金の脱落を防止し容量の減少を少なくするから、部分被覆水素吸蔵合金を負極の表面に配することが可能である。以上により、水素吸蔵合金を用いて負極を作製した場合、導電性、寿命、ガス吸収能などが問題とされ、これらの課題を解決するために、金属三次元多孔体を用いたり、導電材や結着剤を混合させるなどの措置を採るのが、従来技術における技術常識であったと認められる。特に、ぺースト型においては、水素吸蔵合金の微粉化が問題とされ、結着剤として、導電性金属等を必要としていたことは技術常識である。これに対し、引用例の実施例1の構成において、水素吸蔵合金粒子を負極の表面に配するならば、同粒子の微粉化、脱落等により、導電性の低下等、性能が劣る蓄電池しか製造することができないのであって、当業者であればこのような構成を採用することはない。

2  負極表面の導電性層について

メッキ法による表面層の形成を示す「ニッケル水素蓄電池用電極のSEM解析」(甲第11号証)の写真1、2、7などから明らかなとおり、導電性金属は、粒子間の隙間に5μm程度しか入り込んでおらず、粒子の裏側まで回り込んではいない。メッキ法は、塗布法、吹きつけ法、蒸着法、スパッタ法などの方法と比べ、水素吸蔵合金が最も粒子の裏側に回り込みやすい方法であるから、他の方法により表面層を形成した場合も、そこに水素吸蔵合金は含まれないものと認められる。

本願発明の特許請求の範囲には、「極板の表面に、さらに」と記載されているが、この「表面」の意味は、一般的用語によれば「表側の面」であり、内部を含まないものである。また、上記特許請求の範囲には、水素吸蔵合金粉末を含むぺーストを「金属二次元多孔体に塗着し、乾燥して得た極板の表面に、」と記載されているが、当該「表面」は、導電性層を形成する前の電極についての「表面」を指しているものと認められ、一般的用語と異なる用法として電極内部を含むものとして用いられているものでもない。上記「さらに」の語も、「極板の表面に」の用語に続いて用いられていることから、位置関係を表すものとして用いられており、「極板の表面に、その上に」と解すべきである。また、甲第16号証の参考図によっても、上記事実が裏付けられる。

すなわち、引用例発明の製造方法で製造された負極の層は、銅、ニッケル又は合金の被覆面で粒子同志が接触、結合しているにすぎず、飽くまで粒子を結合して形成した層であって、電極の表面に被膜を形成するものではないから、その粒子間には大きな隙間がある。そのため、微粉化した粒子は、その大きな隙間から容易に脱落してしまうものである。一般に、一体に成形した物がそうでない物に比してはるかに強度があるところ、引用例発明を金属二次元多孔体に採用した場合、両層の接着を強固にする何らかの特別な方法を採用しない限り、両層は極めて弱い接着力しか有しないものと認められる。したがって、引用例発明の製造方法で製造した場合には、本願発明におけるような導電性金属の効果は達成されないものと認められる。導電性金属を負極内部に散在させた理由及び実際に金属二次元多孔体を支持体とするぺースト型Ni-H蓄電池の表面にのみ部分被覆吸臓合金を配した負極の性能からは、引用例の実施例1及び2を組み合わせるという動機は、当業者に生じ得ないものと認められる。

被告は、引用例発明の負極の表面には、導電性金属で被覆された微粉化の防止された部分被覆水素吸蔵合金粒子があるから、焼結処理しなくても、非被覆水素吸蔵合金粒子のみからなる二次元ぺ一スト型電極と比較して、微粉化、脱落が防止されていることは明らかであると主張する。しかしながら、部分被覆水素吸蔵合金粒子が表面の被覆によって補強される程度は、さほど大きいとは認められない。

「水素吸蔵合金電極のサイクル寿命SEM写真」(甲第15号証)によれば、初期に見られた粒子間の隙間が、微粉化の進んだ10サイクルのものでは消滅しており、部分被覆水素吸蔵合金粒子が破れやすいものであると認められる。このように、部分被覆水素吸蔵合金粒子は、表面を被覆する金属が存在するにもかかわらず、それ自体、微粉化し、崩壊するものである。したがって、引用例発明は、負極内部の非被覆水素吸蔵合金粒子が容易に微粉化し、負極表面に配した多孔性の部分被覆水素吸蔵合金粒子の大きな孔から脱落することに加え、部分被覆水素吸蔵合金粒子自体が崩壊するに至り、負極として実用に耐えないものであるから、このような構成の発明が引用例に開示されいるとはいえない。

3  ペーストの二度塗りについて

ぺースト型電極において二層構造を採用する場合、乾燥工程を経ずに二層目を塗着すると、一層目と二層目が混じり合い、部分被覆水素吸蔵合金粒子層を形成することはできないことは当裁判所に顕著であるから、一層目を塗った後、乾燥工程を経なければ二層目を塗ることはできず、塗布及び乾燥の工程が各二回必要になると認められる。そして、ぺースト型水素吸蔵合金負極を製造する際の乾燥工程においては、水素吸蔵合金が収縮することから、もろく微粉化しやすい水素吸蔵合金は、乾燥工程中に応力が加わることにより微粉化が進むものであると認められる。そうすると、上記方法は、安価にNi-H蓄電池を製造するという作用効果に照らし、何ら利点のない製造方法であって、このような、高価で機械的強度の劣る性能の悪い蓄電池しか製造することができない発明を当業者が採用することはないと認められる。したがって、引用例において、実施例1及び2を組み合わせることは示唆されておらず、実際上も、その技術的障害のため、当業者の採用し得ないものであるから、このような発明は、引用例に開示されているとはいえない。

被告は、特開昭57-72264号公報(乙第1号証)及び特開昭61-10857号公報(乙第2号証)を挙げ、二度塗りが可能であることを主張するが、当該技術はNi-Cd電池に関するものであり、水素吸蔵負極とは、粒子の大きさ、必要とされる負極の層厚が相違するなど、技術的特性が異なるのであり、本件発明にそのまま応用できるものではない。したがって、乙第1、第2号証から、水素吸蔵負極について、ぺ一ストの二度塗りが周知であるとか、当業者が容易に想到することができるということはできない。また、Ni-Cd電池において、水素吸蔵負極の厚さは、0.3mm程度で、水素吸蔵合金粒子の径は10~数十μm(甲第11号証、甲第17号証)であるのに対し、Ni-H電池においては、カドミウム負極の厚さは約0.6mm、酸化カドミウムの粒径はほとんどが1μm以下である(甲第17号証)。このように、水素吸蔵負極では、薄い電極に粒径の大きなものを塗布しなければならないのであるから、その工程の管理、品質の維持は極めて難しいものである。特に、甲第11、17号証から明らかなとおり、水素吸蔵合金粒子層の厚さは片面で120μm程度しかなく、引用例発明では、二度目に塗布するぺーストの厚さは、その表面から1~2割の厚さ、すなわち約12~24μmとなる。粒径が10~数十μmであるにもかかわらず、このような厚さにぺーストを塗布することは、事実上不可能である。これに対し、Ni-Cd電池のカドミウム負極においては、酸化カドミウムの粒径が、水素吸蔵合金粒子と比べはるかに小さいことから(甲第17号証の写真1及び4、写真2、3、5及び6はそれぞれ同倍率である。)、ぺーストの二度塗りは技術的に容易である。そもそも、ぺーストの二度塗りは工程が複雑であり、品質管理が難しいことから、乙第1、第2号証の発明を使用して製造されたNi-Cd電極は製品化されていない。このように、乙第1、第2号証は、水素吸蔵負極について二度塗りを可能とするものではない。むしろ、導電性を向上させる目的で、ぺ一ストに「導電材の粉末」を混ぜることすら記載されているのである(乙第1号証2頁10行目~11行目)。

ところで、被告は、甲第12~第14号証について、これらの文献には二層型ぺースト型電極の製造が技術的に不可能であるとの直接的な記載は見当たらないと主張している。確かに、このような直接的な記載はないが、甲第4号証が公開された昭和62年1月28日から2年以上経過した平成元年3月1日に発行された甲第12号証においても、二層型電極に関する研究発表は一切されていない。甲第12号証の著者である岩倉千秋らは、部分被覆水素吸蔵合金粒子からなる電極を研究しているが、その研究成果は、甲第4号証のような一部にのみ部分被覆水素吸蔵合金粒子を用いたものではない。被告の上記主張は、二層型ペースト型電極の製造が技術的に不可能であるとの上記認定を左右するものではない。

4  以上のとおり、本願発明の「多孔性の導電性層」は水素吸蔵合金粒子を含まない層であると認められ、他方、引用例発明の製造方法で負極を製造した場合には、そもそも、本願発明におけるような水素吸蔵合金とは異なる多孔性の導電性層は形成されないものと認められるから、引用例発明には負極表面だけに部分被覆水素吸蔵合金粒子を設ける場合が包含されているとする審決の認定は誤りであり、その結果、審決は、本願発明と引用例発明の相違点を看過し、ひいては本願発明が引用例発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断に至ったものである。

したがって、原告の主張する取消事由には理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)

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